
「近道したいからって、こんな野っ原、つっきろうとすることねぇだろ? 人のペースを考えないで、先に行ったのは悪かったよ」
空気に消え入りそうな声。
……あれ?
この人って、こういう人だったっけ……?
つっと、右手首の上をトンボの羽が横ぎった。
「あっ!」
あたしはとっさに、中条の手をふりほどいた。
「妖精っ!」
声に出してから、「しまった」って思った。
どうしよう……。
この人、性格悪いから、クラス中に言いふらすに決まってる。
あたし、アホっ子でドンくさいの上に、「妖精を信じてるイタイ子」のレッテルまで貼られちゃう。
だけど、じゃあ、目の前にいるコレはなに?
赤紫色の花の先に、ツツジの雌しべみたいな足をのせて。バレリーナみたいな白いふんわり衣装をまとった小さな人。
歳はあたしと同じくらいかな。金髪を頭の上でくるりとまとめて。綿毛の髪飾りをつけて。青いつりあがり型の寄り目。つんとした鼻。小さなピンクのくちびる。
銀色のトンボの羽が、背中でパタパタとはばたいている。
現実……?
あたしは、そっと小さな人のほうに、人さし指をのばした。
さわれたら、現実……だよね?
「や、やめろっ!」
横から、パシッと手をつかまれる。
「……え?」
見あげたら、中条の視線は、あたしが手をのばそうとしたほうに向いていた。
石膏みたいな横顔が、いつもよりも青白い。あたしの腕をつかむ硬い腕が、カタカタ小さく震えてる。
中条にも……見えてる……?
「……と、飛んでく」
かすれた声に、あたしはまた花のほうを見た。
さっきまでいた妖精がいない。
花畑の先に目をこらしたら、トンボの羽が見えた。赤紫色の花を一輪持って、空を遠ざかっていく。
「行っちゃうっ!」
あたしは大またで追いかけ出した。
「おい、和泉っ!」
背中で中条の足音が近づいてくる。
「追ってどうすんだよっ!? 」
「だってっ!」
縄みたいな花の茎に、足をとられて、何度も転びそうになる。
でもすぐに、顔を起こして、走りだす。
妖精はいるっ!
本当にいるんだっ!
心臓がピストンみたいにふくらんでしぼんで、ピンク色の希望を、胸に手に足に行きわたらせる。
やっぱり、あの記憶は、ただの夢じゃないっ!
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