
ヨウちゃんは、あごまで落ちていた汗を、手の甲でぬぐった。
それから、また一歩、タマゴに近寄る。
「チチチっ!」
ヒメがつりあがり型の青い寄り目で、ヨウちゃんをにらみつけた。
目にうかぶのは、ダイヤモンドのような涙。
ヒメとヨウちゃんの姿が、ヒメとヨウちゃんのお父さんの姿に重なって見えた。
「よ、ヨウちゃん、お願い。……ヒメのタマゴを取りあげないで」
あたし、矛盾してる。このタマゴはヨウちゃんを襲った。だからヨウちゃんは、このタマゴを壊すためにここに来た。
あたしだって、おんなじ気持ちで。
ヨウちゃんの右手が、容赦なくヒメのところへのびていく。
取りあげられる!
ヒメが、きゅっと目と閉じる。
「……ごめんな」
ヨウちゃんの指先は、ヒメの羽にのびた。羽にささった虹色の針を、そっと引き抜く。
ヨウちゃんは、ヒメの前にひざまずいた。一本、一本、針をていねいに取りのぞいていく。
「それは、おまえの大事なタマゴだったんだよな。……だけどもう、その中身は消滅している……」
パコ……。
ヒメの手の中で、タマゴが力なく砕けた。
ヒメがハッとした顔で、タマゴを見る。
まるでウエハースの欠片みたい。タマゴが粉々にくずれていく。
中から、とろっと黒い液体がこぼれた。
それだけ。
液体の中に、あの目も、意志も感じない。
「チチチチチチチ……」
涙を流して、ヒメがさけんだ。
「キンキンキン」
「チチッチチチチ」
砲弾倉庫の前で倒れ込んだ妖精たちがいっせいに、泣きさけぶ。
呪い返しの虹色の光が、だんだん力をなくしていく部屋の中。
妖精たちの金属音が、むなしくこだまする。
「綾……これをつかえ」
手のひらに、新しいビンを乗せられた。
「……え?」
ビンの中を見たら、虹色をした細長い葉が、縦になって何枚も入っている。
「ハナヤスリの葉だ。妖精の羽から針を抜いて、羽にその葉を押しあてろ。傷が治る」
「う、うんっ!」
ヨウちゃん、ちゃんと、治す薬も用意してくれてたんだ……。
それから、あたしたちはしゃがみこんで、妖精たちの羽にささった針を抜いていった。
抜いたあとは、ビンからハナヤスリの葉を出して。湿布みたいに妖精の羽にあてていく。
……ごめんね。痛かったよね……。
この子たちは、もう……あたしを許さない。
羽が、オーロラみたいな虹色にかがやいた。
羽に開いた点みたいな針の穴も、かがやきの中に消えていく。
チラチラ。
銀色のりんぷんをまきちらして、妖精たちが宙に舞いあがった。
幼児体型の小さな子。赤いくるくるの髪の男の子。
ホタルブクロの花をかぶった女の子。
葉っぱをチチの羽にあてたら、チチの羽もオーロラみたいな虹色に染まった。
「チチッチチチ」
「キンキンキン」
のんびり明るい金属音。
呪い返しのあかりが消えて、夜の暗がりにもどった砲弾倉庫が、今度は、妖精たちの銀色のりんぷんで照らされる。
まるで遊園地のパレードのイルミネーション。
次のページに進む
前のページへ戻る

にほんブログ村

児童文学ランキング
スポンサーサイト