
自分で言っておきながら、おかしいと思う。
「帰れない」って泣いている人たちに、「帰れ」ってせっつくなんてさ。
でも、たぶん、この人たち、本当は帰れるんだよ。
ただ、ヨウちゃんみたいに、自分の心を自分でがんじがらめにして。はじめから「帰れない」って決めてかかってるだけで。
「たしかに、あなたたちの体はもう、この世にはないかもしれない。だけど、心は自由でしょ? 浅山にいなくてもいい。あなたたちの心は、どこにでも行けるんだよ」
黒い影が身じろいだ気がした。
気づいたら、さっきまで影の頭から出ていた、黒いモヤが消えている。
「帰んなきゃ、ダメ。あなたたちの大切な人も、あなたたちの帰りを待っている」
あたしは、知ってる。
二度とにぎれないと思っていた手を、にぎったときのいとおしさ。
大切な人が、そばにいることの、あたたかさ。
兵士たちの黒い輪郭に、ザザザと横からノイズが入った。
輪郭がぼやけ出す。
頭や肩が、砂のようにサラサラとくずれ出す。
まるで、浜にのこされた砂の人型。
乾いた砂を、風がくずして、とばしてく。
黒い砂になった兵士たちの霊が、風に舞って散っていくのを、あたしはずっと見続けた。
パアっ!
砲弾倉庫の中のかがやきが増した。
「ヨウちゃんっ!」
きびすを返して、あたしはまた、砲弾倉庫の入り口へ走りだした。
ハアハア息をついて、中をのぞきこむ。
倉庫の中で、ヨウちゃんが虹色の小ビンをかまえていた。
レンガ造りのゆかの上に、一個、二個、転がっているのはきっと、呪い返しでつかってしまった、空のビン。
ヨウちゃんは、肩で息をつきながら、まだ半分入ったビンをにぎりしめてる。
一歩。
その足が、観音開きのとびらへ近寄った。
二歩。三歩。
とびらの中は静まり返っている。
虹色の光に照らされて、タマゴが見えた。
黒い殻から、完全に光沢が消えてる。まるでカラカラに乾燥した、ウエハースみたい。
パキ、パキ、パキ、パキ。
殻にヒビが入っていく。くもの巣もようの細かいヒビ。
「チチチチチチ!」
あたしの足元から妖精の声がした。
「ヒメっ!」
羽に虹色の針を刺したまま、ヒメがふらふらと砲弾倉庫の中へ入っていく。
細い足で、よたよたとヨウちゃんの前を歩きすぎ、タマゴへ近寄る。
「な、何する気だっ!? 」
ヨウちゃんがさけんだ。
だけどヒメは、細い両手で、ただ、ぎゅっとタマゴを抱きしめた。
「ヒメ……もしかして、自分のタマゴを、ヨウちゃんに取りあげられるって思ってる……?」
タマゴは、最初から、禍々しい黒いタマゴだったわけじゃない。
ホントは白くてキレイな、ヒメのタマゴ。
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