
黒い影をつくる木々が消えた。
左側の視界が開けて、風にゆれるヒースの茂みが広がる。
「……綾。あれを見ろ……」
ヨウちゃんが立ちどまった。
砲弾倉庫跡が黒い四角い影になって、茂みの中にうまってる。
その手前に、銀色の光があつまってた。
空の星が、いっせいに落ちてきて、そこにふりつもったみたい。
ヒースの中に踏み込んでいったら、銀色の光が羽の形に見えてきた。
トンボの羽を持った小さな子たち。十数人。手を取り合って、くるりくるりと回ってる。
「……妖精のダンスだ」
キラキラ、チラチラ、妖精が笑う。一ヶ所にあつまって、輪になって、踊りまわる。
チチとヒメの姿も見えた。ふたりで手を高くあげて、数回転。ヨルガオみたいに、闇に開く、チチとヒメのドレスのすそ。
「……ねぇ、ヨウちゃん。あたしたちが、黒いタマゴを壊そうとしてること、妖精たちに気づかれたら……」
「……すげぇ、怒るだろうな……」
だよね……。
横で、ヨウちゃんはペンライトのあかりを消した。
「綾は、妖精たちを見はっててくれ。あいつらが砲弾倉庫の中に入ろうとしたら、これをつかって、とめろ」
目の前に、小ビンがさしだされる。
中に、虹色の細かい針のようなものが、たくさんつまってる。
「なにこれ……?」
「ゴース。和名だと、ハリエニシダの針だ。妖精の羽は、ゴースの針が刺さると飛べなくなる」
う……。物騒……。
できれば、つかいたくないけど……。
右手をポケットにつっこんで、ヨウちゃんは中から新たな小ビンを取り出した。
「オレは、こっちをつかって、呪い返ししてくる」
「……の、呪い返し?」
って、さらに物騒っ!
「アグリモニーの煎じ薬。これをつかえば、黒いタマゴが放ってくる邪視を、そのまま、あのタマゴに返してやることができる。あいつを、自分の呪いで自滅させてやる」
「く、黒い~……。なんか腹黒いよ、ヨウちゃん~っ!」
「しょうがねぇだろ。それが、あのタマゴと向かい合うってことなんだから」
現実が胃を冷たくする。
行く先を見つめる琥珀色の瞳はするどく、硬い。
あたしの右手から、ヨウちゃんの左手がはなれた。
「待って。ひとりで行くの?」
「ひとりじゃねぇよ。外には、ちゃんとおまえがいるだろ?」
ぽんっと、頭にヨウちゃんの左手がのっかった。
わ……キュンっ!
だけど、手がはなれたときにはもう、背の高い背中は、前かがみになって、砲弾倉庫の一番奥の入り口へ歩き出していた。
お願い。ネトルさん、ヤロウさん。ヨウちゃんを守って……。
あたしの呼びかけに応えるように、ヨウちゃんのジーンズの後ろポケットに、ぽうっと虹色の光がともる。
く~、心臓痛い。
ヨウちゃんと別れて、あたしは砲弾倉庫のレンガの壁づたいに、妖精たちのほうへ近づいていった。
「チンチン、チチチチ」
「キキキン、チチチ」
耳をなでる、心地いい金属音。声をあげて、妖精たちが笑ってる。
妖精って、本当にダンスが好きなんだ……。
もしかしたら、いつも、夜がふけるたびに、ここで踊っているのかな?
幼児体型の小さな子。赤いくるくるの髪で、体に緑の葉っぱを巻きつけた男の子。
ホタルブクロのお花を帽子にしてかぶった、白いお花のドレスの女の子。
寄り目で鼻はつんとしていて、くちびるもとがってて。みんな似たような顔つきで。どの子もあたしと同じか、幼いくらい。
バンっ!
背中から強い光があがって、ふり返った。
一番奥の砲弾倉庫の入り口から、まぶしい虹色の光がこぼれてる。
呪い返しがはじまったんだっ!
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