
「ち、ちがう! ヨウちゃんのお母さんは、ヘアベルのことなんか知らないっ! これは、あたしが勝手に、ヨウちゃんのノートを読んで……」
言いかけて、あたしはバッと、自分の口を両手でふさいだ。
チラッと、冷たい視線があたしを見おろした。
「ふ~ん。やっぱ、おまえ、勝手に書斎に入ったのか。人を自白させる方法を調べるために、留守をねらって、人んちの書斎に忍び込む。やり方、すげぇ卑劣だな」
「ち……ちが……」
「ちがうかどうか、白状させてやろうか? 少しは人の気持ち、わかったほうが、おまえのためにもいいだろ?」
ぞくっとした。
手の中のヘアベルを、ヨウちゃんが、あたしの胸につきつけてくる。
一歩、足を後ろに引いたら、ひざに力が入らなくて、ガクッとなった。
「とにかく、もう帰れ。オレは二度とおまえと口をききたくないっ!」
地面に落ちた紙袋を拾いあげて、ヨウちゃん、家に向かって歩き出す。
寒い。
ヨウちゃんが氷みたい。
カフェの玄関が開いていて、ヨウちゃんのお母さんが立っていた。ドアに背中でもたれて、ヨウちゃんをにらんでいる。
「なに? かあさんもさっさと入って仕事すれば? 客、待ってんじゃねぇの?」
横を通りすぎようとしたヨウちゃんのほおを、パンっと、お母さんの手のひらが、はたいた。
――え?
目を見開いて、お母さんを見おろすヨウちゃん。
息子を見あげるお母さんの目に、涙が浮かんでる。
「あなたの許可をとらずに、綾ちゃんを書斎に入れたことはあやまるわ。でも、今の綾ちゃんに対する態度はなにっ!? もし、それがあなたの本心でも、人にあんな言い方するもんじゃない。本心じゃないのなら、人を傷つけない別のやり方を、考え直しなさいっ!! 」
* * *
時計が、カチカチと時を刻んでいく。
パパは、リビングのソファーに腰かけて、テレビでレイトショーを見ていて。ママはドライヤーで、自分の髪をかわかしている。
ダイニングのテーブルに、新聞紙をしいて。その上に、ネトルとヤロウの葉っぱを広げて。
あたしは自分が書いたメモの文字をながめてる。
「ネトルとヤロウのサシェ。携帯すると、恐怖心がやわらぐ」
――ふ~ん。やっぱ、おまえ、勝手に書斎に入ったのか――
ヨウちゃんの瞳がよみがえってくる。
――人を自白させる方法を調べるために、留守をねらって、人んちの書斎に忍び込む。やり方、すげぇ卑劣だな――
ガラス玉みたいな目だった。目から感情が消え失せていた。
……痛い。
でも、本当に痛かったのは、あたしじゃない。
あたしに裏切られたヨウちゃんのほうだ。
「綾。サシェつくるんでしょ? ここにあるハギレ、つかう? あんたの給食袋縫ったのこりとか、テーブルクロスののこりとか、あんまり大きいのはないけど」
頭にタオルを巻いたままで、ママが裁縫箱を運んできた。
お重みたいに三段の引き出しがついた木の箱の下ニ段に、色とりどりのハギレがたくさんつめこまれている。
「……うん」
「そんな、新聞紙に葉っぱならべて待ってても、なかなか乾燥しないんじゃない? いっそ、レンジでチンしちゃったら?」
「……え? レンジ……?」
「めずらしいことじゃないわよ。ハーブティー用にドライハーブをつかいたいときだって、生の葉っぱをチンしたりするんだから」
「ええっ!? ママ、ハーブティーなんて入れたこと、あるの?」
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