
書斎からお店にあがると、お昼の十二時をすぎていた。
ランチメニューをつくって、ケーキを出して。お母さん、いそがしそう。
今、話しかけるのは、めいわくだよね。
あたし、手の中のメモをにぎりしめる。
ネトルとヤロウのサシェのつくり方を書きとめたメモ。
「あら、綾ちゃん。もう、いいの?」
季節のハーブパスタをお客さんのテーブルに置いて、お母さんがカウンターにもどってきた。
「うちで、お昼食べてく? ケーキとハーブティーもサービスしちゃうわよ」
「ありがとうございます。でも、早く帰ってやりたいことがあって……。あの、お母さん、この庭にネトルとヤロウの葉っぱはありますか?」
「もちろん。ネトルはそっちの生垣のすみで、ヤロウはこっちのサンシェードの下よ。つんでいくなら、ネトルは軍手してね。トゲが針みたいで、チクチクするの。あと、生ではぜったいに食べちゃダメよ」
お母さんに軍手と園芸バサミと編みかごを手渡されて、あたしはお礼を言って、ハーブの庭に出た。
久しぶりに空が青くて、日差しがまぶしい。
ネトルの茂みは、あたしの身長ぐらいもあって、葉っぱの先がトゲみたいにとがっていた。
しっかり、革の軍手をして。茎をハサミで切る。
「ネトルさん、怖がりのヨウちゃんを助けてあげて」
答えるように、ぽうっと葉っぱが虹色にかがやいた。
葉っぱに、フェアリー・ドクターの力が宿ったあかし。
編みかごに葉っぱを何枚か入れたら、今度はサンシェードの日陰に植わったヤロウのところへ。
こっちの葉っぱもギザギザで、深緑色の小さなノコギリがいっぱいついてるみたい。
身を守るためのサシェだから、悪い妖精を寄せつけないように、とがった葉のハーブばっかりつかうのかも。
「ヤロウさん、ヨウちゃんから苦しみを遠ざけて」
ヤロウの葉っぱも虹色にかがやいた。
うちに帰ったら、この二種類の葉っぱを乾燥させて。ネトルのトゲを落として。細かくくだいて。布でつくった袋に入れて……。
やらなきゃならないことを考えながら、お庭を歩いていたら、小路のわきに、青紫色の花が咲きほこっていた。
小さなベルの形をしていて、どの花も首をうつむけている。
う~……カワイイ。妖精が帽子にしてそう……。
しゃがみこんで見とれちゃう。
お客さんの見送りに、お母さんが玄関まで出てきた。
「綾ちゃん、それ、ヘアベルっていう花よ。今年はいつもより長く咲いたけど、それで咲き終わりね。せっかくだから、つんでいって、おうちにかざる?」
「ホントっ!? いいんですかっ?」
「どうぞ、どうぞ。好きなだけ持ってって」
わぁ~っ!
目、キラキラで、ベルみたいな形のお花に、そっとふれて。
あたしの頭に、さっき、書斎で見たばかりの文字が浮かんできた。
――ヘアベル。煎じ薬は呪いを封じこめる。花を身につけると、どんなことにもウソがつけなくなる――
シャープペンで、ノートに走り書きされていた。
……どんなことにもウソがつけなくなる……。
ごくっと、つばを飲み込んだ。
園芸バサミを持つ手が震えだす。
「ヘアベルさん、どうか――」
茎をはさみで切りながら、口の中でつぶやいたら、青紫色のヘアベルに、ぽわっと、虹色の光がともった。
まるで、妖精がともしたランプみたい。
「……綾」
背中から、低い声がきこえて、あたしの心臓、ビクッととびはねた。
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