
「まぁ、想像以上の散らかりようね」
お母さんが腰に手をあてて、ため息をついた。
散らかってるっていうか……荒れてる……。
ぜんぶつくりかけ、やりかけで、投げ出しちゃってるみたいな。
「あの……お部屋の中、見せてもらってもいいですか?」
「どうぞ、ごゆっくり。わたしは上でお店してるから。なにかあったら、呼んでちょうだいね」
階段をあがっていくお母さんのスリッパの音がきこえなくなると、あたしはゆかのハーブを避けながら、つくえにまわってみた。
数本ならんだビン。入っている液体がどれも虹色なのは、フェアリー・ドクターがつかう薬だっていうあかし。
フェアリー・ドクターの薬は、妖精の傷を治すための薬。
妖精から負った、人間の傷を治すための薬。
一枚一枚、ラベルに植物の名前と、効能が書かれてる。
ちょっと縦に細長い、ヨウちゃんの字を読みあげて、背すじが凍りついた。
「切り傷」。
「悪夢避け」。
「呪い返し」。
……なにこれ……?
ヨウちゃんって、すっごい現実主義者で、妖精だって、最初はなかなか受け入れなかったくらい。
それなのに……。
つくえには、開きっぱなしのノートもうまっていた。
ヨウちゃんが、自分で翻訳してメモしたみたい。マス目を無視して、ザカザカっと書きとめてある。
「ヘアベル。煎じ薬は呪いを封じこめる。花を身につけると、どんなことにもウソがつけなくなる」
また、呪い……。
パラって、次のページをめくると、目のマークが描かれてた。
ドキンと心臓が波打つ。
ラグビーボールを横に倒した形の輪郭。真ん中に丸い玉。
ヨウちゃんの足元から出ていた、あの黒いモヤとおんなじ。
「邪視。人やものごとに注がれると、それらに災いがふりかかる。理由なく、人が衰弱して、死にいたる」
……怖い……。
このまま心臓がかたまっちゃいそう。
ガタガタ震える自分の腕を、自分で抱きながら、つくえの向かいが目に入った。
南から西に広がる格子窓の下に、ゆりイスが置いてある。
そのまわりだけ、不自然なくらい、物がなんにも落ちてない。
……あ。あたしの場所……。
毎日、この書斎に来てたころ。
あたしはいつも、あのゆりイスに座っていた。
ゆりイスがあたしの定位置。このつくえのイスが、ヨウちゃんの定位置。
ヨウちゃん……あたしの場所、ちゃんと、のこしてくれてる……。
ほっぺたに、あったかい涙が落ちていく。
「か、考えなきゃ! ヨウちゃんのためにできることっ!」
ぐっとほおをぬぐって、下を見たら、ゆかにお母さんの翻訳ノートが落ちていた。
お父さんの英語の本を、お母さんがヨウちゃんのために翻訳したノート。
拾いあげて、ペラペラとページをめくる。
いろんな種類のハーブと、その効能が書いてある。
「ネトルとヤロウのサシェ。携帯すると、恐怖心がやわらぐ」
これ……。
「サシェのつくり方。植物を乾燥させて、粉状にくだき、小さな袋に入れる。ネトルとヤロウの割合は……」
これをつくれば、ヨウちゃんの気持ちが、少しはラクになるかもしれない。
だけど、そんなの気持ちをまぎらわすだけ……。
「あの邪視が悪いんだ。黒いタマゴがお父さんに向けた恨みを、息子のヨウちゃんにまで向けてる。だったら、いっそ、あのタマゴを割っちゃえば……」
ぞくっとした。
……割ったら、どうなるんだろう……?
中の何かが孵化する前に割れば、呪いも、中の何かも消えるのかな……?
ビンのラベルに書かれた、「呪い返し」の文字。
ヨウちゃん……もしかしたら……。
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