
「……ヨウちゃん?」
あたしが呼びかけても、ヨウちゃんは顔をあげない。
壁に背でもたれて首をたれ、足をのばして。腕を組んでる。
「ねぇ、ヨウちゃんてば。掃除の時間がはじまってるよ」
肩に手を置こうとして、あたしはその手を引っ込めた。
首を左にかたむけて、うつむいたヨウちゃんのこめかみから、汗がふきだしている。
つむってる目の下には、黒いクマ。ぎゅっと眉をしかめて、ハアハア、息が苦しそう。
足元を見て、後ずさった。
黒いモヤがある。
座っているヨウちゃんの足の下。
モヤの形は、ラグビーボールを横に倒したみたい。その中に黒い丸。
……あの目っ!!
お父さんを倒した目っ!!
「よ、ヨウちゃんっ!? ね、ねぇ。なにっ!? なんなの、これっ!? 」
あたしに肩をゆさぶられて、ヨウちゃんはうっすらと目を開けた。
「……え? 綾……?」
「こ、これって、アレでしょっ! 誠を襲ったモヤっ!! ねぇ、どうして、これがヨウちゃん、とこに……」
あたし、ヨウちゃんの両肩に両手を置いて、馬乗りになってた。
だって、怖いっ! 怖いっ!! 怖いよっ!!
「ヨウちゃん、どうして教えてくれなかったのっ? なにが起こってるのっ!? 」
「……綾。落ちつけ」
まだ前髪を汗でぬらした、ぼんやりした顔で、ヨウちゃんは、あたしの手首をつかんで、自分の肩から引きはがした。
「落ちつけるわけないでしょっ! だから、ヨウちゃん、最近、ずっとおかしかったんだっ!! もしかして、ヨウちゃんも、あの夢見たのっ !? お父さんが襲われる夢! ヒメのタマゴから黒いモヤがあがって、この目がお父さんを……。なんで? ヨウちゃんには関係ないのに……。まるで……まるでこんなの……呪いみたい」
両目から涙があふれて、ヨウちゃんの顔がよく見えない。
あたしの手首を硬くつかんだまま、ヨウちゃんはハァとうつむいた。
「……知らねぇよ、そんな夢。だいたいモヤとか、目とか、どこにあるんだよ」
涙でぐちゃぐちゃの目をこすったら、ヨウちゃんの足元からモヤは消えていた。
「……え? で、でもっ!」
壁でズルズル背中をずりながら、ヨウちゃんが立ちあがる。
「気にすんな。オレは、ただ寝てただけだ。ほら、教室にもどるぞ」
「ウソっ! 寝てるだけだったら、どうしてそんなに、つらそうなのっ!? お願い、ヨウちゃん! あたしには隠さないでっ! だって、あたしは知ってるんだよっ!? ヨウちゃんがフェアリー・ドクターだってことも。お父さんのことも。黒いタマゴのこともっ! あたし、リンちゃんたちといっしょに、されたくないっ!! 」
「……知ってるからこそ、教えたくないことだってあるだろ……?」
「……え?」
あたしが顔をあげると、ヨウちゃんは顔をそむけて、手首をはなした。
「ウソだよ。ホントになんともねぇって。寝てただけ。おまえ、ひとりで勝手にもりあがるな」
背を向けて、ドアのほうへ歩きだす。
「……待ってよ~」
涙がぼろぼろと、ほおを伝う。
ヨウちゃん、ぜったい言わないつもりなんだ。
なにがあっても、自分だけで解決しようとしてるんだっ!
「だって、だって~。あたし、心配なんだもん~。ヨウちゃんのことが好きだから、そんなヨウちゃん、見ちゃったら、心配で、心配でしょうがないんだもん~」
顔をあげて、わんわん泣きじゃくるあたしを、ヨウちゃんは立ちどまって、見おろしている。
「……綾……」
眉をしかめて、ヨウちゃんがうつむいた。
「なんだよ。……それって……告白……?」
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