
たぶん、小さいころに見た夢。
だけど、セリフまでぜんぶ覚えてる夢なんて、ほかにない。
だからあたしは信じてる。
あたしは妖精の子。
いつか、こんな生きづらい世界から抜け出して、妖精の世界に帰るんだっ!
「おい、和泉っ!! 」
低い声に呼ばれて、ハッとふり返った。
いつの間にか、二十メートルくらい、花畑を進んでた。
登山道のところで、木の幹に片手をついて、中条がこっちを見ている。
琥珀色の目と、目が合う。
……あの目……っ!

胸の奥で、なにかがカチッとつながった。
さっきまで声しか覚えていなかった夢の中の人に、パズルのピースみたいに、琥珀色の目があてはまる。
だけどすぐに、あたしの頭は「?」マークでいっぱいになった。
「あ、あれ? なんで? あたし、なにが? え……中条……?」
ジーンズをはいた長い足が、ズカズカ花畑に入ってくる。
「うわっ !? なんだこれ? イタっ!」
ぶつぶつぼやきながら、豪快に花を踏んでくる。
と思ったときにはもう、中条は目の前にいて、足元の花をにらんでいた目が、キッとあがって、こっちを見た。
「和泉っ !! こんなとこで、なにやってんだっ! おまえが迷子になったら、怒られるのは班長のオレなんだぞっ!」
ぐ……怖い……。
一瞬あった「昔どこかで見たような感じ」が、あっという間にかき消える。
「ほら! さっさと来いっ !! もとの道にもどれっ!」
中条は言うだけ言うと、あたしから背を向けて、登山道にもどろうとする。
「あ……ちょ、ちょっと待ってっ!」
「……は?」
ふり返る石膏みたいなほお。左眉がピクついていて、すごく怖い。
「……だって……」
妖精を見たかもしれないのに……。
なんて言えない。
さすがのあたしでも、わかる。
「妖精がいる」って信じてること。「自分が妖精だ」って信じてることが、ふつうの六年生にとって、幼稚な考えだって。
「その羽を、きみ自身が信じられなくなってしまったら、きみの羽は抜けてしまうだろう」なんて言われなかったら、あたしだってもう、信じてなかったかもしれない。
「……ほら」
手を、大きな硬い手につかまれて、ひゃっと心臓がとびはねた。
「えっ!? ええっ!? 」
何度も見たけど、見まちがいじゃない。
あたしの右手を、ガッチリ包んでいるのは、中条の左手。
「葉っぱで足痛いのはわかるけど、花んとこ抜けるまでは、がまんして歩け」
早口で言って、中条が歩き出す。
あたしは、自分を引っぱっている人間の、高い位置にある大きな肩を見あげた。白いTシャツから、肩甲骨のラインがうかびあがってる。
もしかしてこの人、あたしのこと「足が痛くて動けない」って思った……?
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