
「チチチチチ」
小さな金属音がきこえてきた。
大通りから、道を一本入ったところにある、あたしの家。
二階の窓ガラスが数センチ開いて、銀色のトンボの羽を持った手のひらサイズの女の子が、ふたり、つ~っと部屋の中に入ってくる。
ふわふわの長い金髪に、小花のかんむりをのせているのは、ヒメ。
頭に綿毛の髪飾りをつけて、バレリーナのかっこうをしているのが、チチ。
ヒメは手に、ヒマワリの種を持っている。虹色に光るアーモンド形の種。
ヒメは、種をコッペパンのように両手に抱えて、パキッと割った。
中から、こぶしほどの虹色の煙があらわれる。
う~ん。
煙はもくもくと広がって、人の頭ほどの大きさになり、薄目を開けたあたしの顔全体を包み込む。
あたしは目をこすって、寝返りをうった。
そうしてまた、すうすうと眠っちゃった。
● ● ● ● ●
――ここはどこ……?
あたしは、今、うす暗いレンガの壁の部屋にいた。
部屋の中には窓ひとつない。
唯一開いた、アーチ状の入り口から、朝の白い日差しが、ななめに差し込んできている。
レンガ造りの冷たいゆかの上には、タンポポの花がしきつめられていた。
その真ん中で寝ているのは、タンポポの丈より小さな、トンボの羽を持った少女。
閉じられた瞳にならぶ、金色のまつ毛。金色のふわふわした長い髪。白いロングドレス。
あ……ヒメだ。
横向きに丸くなって、しとやかな細い両腕で、白くて丸いボールを抱えている。
あたしはそれを、天井から、見おろしてる。
自分が透明人間になっちゃったみたいな。映画の観客になっちゃったみたいな。おかしな感覚。
アーチ状の入り口から差し込んでいた光が、人の影にさえぎられた。
流れるような英語をしゃべりながら、背の高い男の人が、部屋の中に入ってくる。
ヒメのそばに近づいてくる。
男の人は、茶色い背広を着ていた。胸元にはループタイをつけていて、頭の上には背広と同じ茶色い中折れ帽子。
あたし、この人、知ってるっ!!
幼稚園児のころ、あたしに妖精のタマゴをくれた人。
ヨウちゃんのお父さん……。
琥珀色の目でヒメを見おろして、お父さんはふわっとほほえんだ。
目のまわりにシワがあるけど、お父さんの目って、本当にヨウちゃんの目によく似てる。
あごはヨウちゃんより、がっしりしてるかな。ほりも、ヨウちゃんより深め。でも、鼻すじの通った顔つきは、そっくり。
お父さんはなにかまた、英語でしゃべって、ヒメの抱えている白いボールを手でつまんだ。
人間が手に持つと、アメ玉サイズ。
これ……妖精のタマゴ……。
「チチチチチ」
ヒメがしゃべった。
両手をついて起きあがって、タマゴがお父さんの手の中にあるのに気がつく。
ヒメのほっぺから、サーッと血の気が引いていった。
「チチチチチチチチチチチチ。キン、チチチッチチチチチ」
ヒメ、しゃべる。いっぱい、しゃべる。あたし、こんなにしゃべるヒメ見たの、はじめて。
ドロッと灰色をしたものが、タマゴの殻の表面にあらわれた。
水たまりを木の棒で混ぜたみたい。白かったタマゴの表面が、ドロドロの灰色ににごりはじめる。
なにあれ……? 気持ち悪い。
だけどお父さんは、琥珀色の目をかがやかせて、手のひらのタマゴに夢中になってる。
妖精学者からしてみたら、灰色のタマゴなんて、魅力的な研究対象なのかもしれない。
お父さん。ダメだよっ!
人のものを勝手に取ったら、ドロボウだよっ!!
お父さんの手のひらの上で、タマゴはどんどん変色していく。
灰色が濃くなって、黒いモヤが、ドクドク殻の表面をおおってく。
あ、あれは……黒いタマゴ……っ!?
「キンキンキンキンキンキンキンキンっ!! 」
ヒメの声。金切り声。
目に浮かんだ涙が、いく筋もほおを伝って流れていく。
お父さんの手のひらに、ドロッとした黒いモヤがこぼれだした。
真っ黒のタマゴから、黒いモヤが、おさまりきれずにどんどんあふれてくる。
背すじが、ぞくぞく寒くなる。
あれは……誠を攻撃した、黒い蛇……。
「キンキンキンっ!! 」
青い目でお父さんをにらみつけて、ヒメがさけんだ。
瞬間。
黒いタマゴの中に、大きな人間の目がひとつ、浮かびあがった。
ラグビーボールを横に倒したような楕円形。その中に、丸くて黒い目の玉。
目は、部屋全体に広がって、空気に吸い込まれて消える。
バチっ!
タマゴの中から、無数の黒い蛇が、四方八方とびだした。
黒い稲妻みたいうごめきながら、お父さんに向かっていく。
「あぁあああ~っ !!」
目を見開いて、お父さんがさけぶ。
さっきまでの余裕はもうない。
あごに、真っ白な恐怖が浮かんでる。
● ● ● ● ●
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