
頭の上には、さんさんとお昼の太陽。
あたしは、浅山の登山道を歩いている。
先をズンズン歩くのは、ヨウちゃんの白い長袖シャツの背中。
おととい、あたしは書斎でヨウちゃんに、黒いタマゴを見た話をした。
ナゾの人影のことも。
で、日曜日のきょう、ふたりで確かめに砲弾倉庫跡に行くんだ。
妖精のときは、スイスイ空を飛べたけど。人間の足だと、山道をのぼってくだって、なんかもう、へとへと。
体力のありあまってるヨウちゃんは、コンパスの長い足で、どんどん先に行っちゃうし。
「……綾。それで、誠はどうだった……?」
「ほぇ?」って顔をあげたら、一メートル先で、ヨウちゃんが立ちどまって、あたしを待っていた。
「どうって……なにが……?」
「……だから。おまえ、こないだ一日、誠といっしょにいたんだろ?」
「……え? 妖精になってたときのこと?『いっしょにいた』っていうより、『人面蝶』って言われて、鳥かごに入れられてたんだけど。それが……?」
「いや……べつに。なんもないなら、いいけど……」
ヨウちゃん、ぽりっと、自分の後ろ頭をかく。
なんだろ? 言いたいこと、さっぱりわかんない。
「あいつって、意外としっかりしてるだろ? おちゃらけてるように見えて、だいぶ、人のことを見てる」
……あれ? ヨウちゃんも知ってたんだ……。
「そうそう。誠って、家でお母さんの手伝いばっかりしてたよ。あたしも、ご飯もらえたし、ふとんも用意してもらえた。つかまったのが、誠で助かったかも」
「は~? なんだ? おまえ、つかまったのが、よかったのかっ!? 」
え~? ヨウちゃんてば、とつぜん不機嫌。
「誠はいい人」って言い出したのは、そっちなのに~。
つらいのぼり坂に、ぜえぜえ息をつきながら見あげたら、鼻の先にぶらさがってる、ヨウちゃんの左手。
電車のつり革みたい。
後ろからぎゅっとつかまったら、白い長袖Tシャツの肩が、ビクってとびはねた。
ヨウちゃん、自分の左手と、つかまってるあたしの右手を見おろして。それから、ぷいって、進行方向に向き直って、また歩き出す。
つり革みたいな左手に、力がこもった。
あ……。
もうこれ、つり革じゃないや。
にぎり返してくれるつり革なんてないもんね。
左の雑木が切れて、深緑色の草原が広がった。
葉っぱだけになったヒースの茂みの奥に、レンガ造りの遺跡が見える。同じ大きさのアーチ状の入り口が、横長の壁に、一列にならんでる。
一歩。一歩。
ヒースの茂みに踏みだしていく、あたしとヨウちゃんの足。
あたしよりも幅広いはずのヨウちゃんの一歩が、だんだん遅くなってきた。
あたしが三歩進むのに、ヨウちゃんはのろのろ一歩。歩幅まで、どんどんせまくなる。
って、これじゃとまっちゃう。
「……ねぇ? どうしたの?」
ヨウちゃん、うつむいたまま、ボソッと「いや……べつに……」。
「べつに」じゃなくない?
あと数メートルで、黒いタマゴのある砲弾倉庫に着くのに、なんで、こんな茂みの真ん中で、立ちどまっちゃってんの?
「ねぇ……もしかして、行くのが、怖いの?」
「怖くねぇよっ!! 」
あ、ビンゴっ!
さけんだあご、ガクっガクに震えてる。
悪いけど、笑えてきた。
この人。ふだんはエラそうに、ふんぞり返ってんのにさ。
幼稚園児でも笑って出てくるオバケ屋敷、「よい子のホラー館」で、音をあげるぐらいのビビリなんだもん。
「へーきだって。あたしが黒いタマゴ見たときは、夕暮れだったけど。今はまだ、太陽がちゃんとてっぺんにあるんだよ? 怖くない、怖くない」
あのときは、あたしだって、すごく怖い思いをしたんだけどね。
こんなヨウちゃん見ちゃったら、逆に、怖いものなんか、なんにもないような気がしてくるから不思議。
砲弾倉庫の一番奥のアーチの入り口で、人影が動いた。
「ゆ、幽霊っ!? 」
ヨウちゃんの腕が、ビクーンってとびはねる。
だけど、倉庫に入っていくのは、カーキ色のカーゴパンツ。実体ありすぎで、おとといの幽霊のものには、ぜんぜん見えない。
砲弾倉庫のレンガ造りの壁の外側から、一番奥の部屋をのぞきこんだら。
暗い部屋の中で、だれかが動いた。
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