《2》 かごの中の人面蝶 7 - ナイショの妖精さん2
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《2》 かごの中の人面蝶 7

  10, 2019 22:07
2018123001



 頭の上には、さんさんとお昼の太陽。

 あたしは、浅山の登山道を歩いている。

 先をズンズン歩くのは、ヨウちゃんの白い長袖シャツの背中。


 おととい、あたしは書斎でヨウちゃんに、黒いタマゴを見た話をした。

 ナゾの人影のことも。

 で、日曜日のきょう、ふたりで確かめに砲弾倉庫跡に行くんだ。


 妖精のときは、スイスイ空を飛べたけど。人間の足だと、山道をのぼってくだって、なんかもう、へとへと。

 体力のありあまってるヨウちゃんは、コンパスの長い足で、どんどん先に行っちゃうし。


「……綾。それで、誠はどうだった……?」


「ほぇ?」って顔をあげたら、一メートル先で、ヨウちゃんが立ちどまって、あたしを待っていた。


「どうって……なにが……?」

「……だから。おまえ、こないだ一日、誠といっしょにいたんだろ?」

「……え? 妖精になってたときのこと?『いっしょにいた』っていうより、『人面蝶』って言われて、鳥かごに入れられてたんだけど。それが……?」


「いや……べつに。なんもないなら、いいけど……」


 ヨウちゃん、ぽりっと、自分の後ろ頭をかく。

 なんだろ? 言いたいこと、さっぱりわかんない。


「あいつって、意外としっかりしてるだろ? おちゃらけてるように見えて、だいぶ、人のことを見てる」


 ……あれ? ヨウちゃんも知ってたんだ……。


「そうそう。誠って、家でお母さんの手伝いばっかりしてたよ。あたしも、ご飯もらえたし、ふとんも用意してもらえた。つかまったのが、誠で助かったかも」

「は~? なんだ? おまえ、つかまったのが、よかったのかっ!? 」


 え~? ヨウちゃんてば、とつぜん不機嫌。

「誠はいい人」って言い出したのは、そっちなのに~。


 つらいのぼり坂に、ぜえぜえ息をつきながら見あげたら、鼻の先にぶらさがってる、ヨウちゃんの左手。

 電車のつり革みたい。

 後ろからぎゅっとつかまったら、白い長袖Tシャツの肩が、ビクってとびはねた。

 ヨウちゃん、自分の左手と、つかまってるあたしの右手を見おろして。それから、ぷいって、進行方向に向き直って、また歩き出す。

 つり革みたいな左手に、力がこもった。


 あ……。


 もうこれ、つり革じゃないや。

 にぎり返してくれるつり革なんてないもんね。



 左の雑木が切れて、深緑色の草原が広がった。

 葉っぱだけになったヒースの茂みの奥に、レンガ造りの遺跡が見える。同じ大きさのアーチ状の入り口が、横長の壁に、一列にならんでる。

 一歩。一歩。

 ヒースの茂みに踏みだしていく、あたしとヨウちゃんの足。

 あたしよりも幅広いはずのヨウちゃんの一歩が、だんだん遅くなってきた。

 あたしが三歩進むのに、ヨウちゃんはのろのろ一歩。歩幅まで、どんどんせまくなる。

 って、これじゃとまっちゃう。


「……ねぇ? どうしたの?」


 ヨウちゃん、うつむいたまま、ボソッと「いや……べつに……」。

「べつに」じゃなくない?

 あと数メートルで、黒いタマゴのある砲弾倉庫に着くのに、なんで、こんな茂みの真ん中で、立ちどまっちゃってんの?


「ねぇ……もしかして、行くのが、怖いの?」

「怖くねぇよっ!! 」


 あ、ビンゴっ!


 さけんだあご、ガクっガクに震えてる。

 悪いけど、笑えてきた。

 この人。ふだんはエラそうに、ふんぞり返ってんのにさ。

 幼稚園児でも笑って出てくるオバケ屋敷、「よい子のホラー館」で、音をあげるぐらいのビビリなんだもん。


「へーきだって。あたしが黒いタマゴ見たときは、夕暮れだったけど。今はまだ、太陽がちゃんとてっぺんにあるんだよ? 怖くない、怖くない」


 あのときは、あたしだって、すごく怖い思いをしたんだけどね。

 こんなヨウちゃん見ちゃったら、逆に、怖いものなんか、なんにもないような気がしてくるから不思議。


 砲弾倉庫の一番奥のアーチの入り口で、人影が動いた。


「ゆ、幽霊っ!? 」


 ヨウちゃんの腕が、ビクーンってとびはねる。

 だけど、倉庫に入っていくのは、カーキ色のカーゴパンツ。実体ありすぎで、おとといの幽霊のものには、ぜんぜん見えない。


 砲弾倉庫のレンガ造りの壁の外側から、一番奥の部屋をのぞきこんだら。

 暗い部屋の中で、だれかが動いた。



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