
きょうは仕事がない日だから、一日家にいたのかも。ママの髪のパーマは落ちぎみで、ゆったり部屋着のロングスカートをはいている。
「綾ね~。ちょっと、風邪引いちゃってね。そうそう。あの子ってば、最近しょっちゅう、葉児君のおうちにお邪魔してるでしょ。うるさくてごめんなさいね~。ジャマだったら、追い出しちゃっていいからね」
ママってば、言いたい放題。
「いえ、へーきです。あ、これが連絡シートです」
ヨウちゃんは、自分のランドセルを開けて、本当に連絡シートを取り出した。
連絡シートは、学校を休んだ人がもらうプリント。きょう一日学校でした勉強の内容や、宿題や、あしたの持ち物が書かれてる。
「……おい、綾、早く」
ぼそっと、ヨウちゃんの声がした。
あっ! そうだった! このすきにっ!
ママがプリントに目を通している間に、あたしはヨウちゃんのウインドブレーカーのポケットから飛び立った。
銀色のアゲハチョウの羽をはばたかせて、階段を二階へ。
開けはなされたドアから、見慣れた自分の部屋へ。
窓ぎわのベッドに、人間のあたしが寝ていた。
自分の姿を外側から見るのって、何度見てもヘンな感じ。きのうのまま。あおむけになって、目を閉じている。
その横に、ヒソップのビンが、ちゃんと置いてあった。
あたしは、コルクのふたを、全身の力をつかって、引っぱって抜いた。
小ビンをななめにかたむけて、ビンの口に口をつけて。
虹色の液体がこぼれる。その液体を一滴。ゴクンと飲み込む。

頭がぼうっと、なって。
あたしの妖精の体が、虹色の光に包まれて消えていく。
次の瞬間、パチンとなにかにつながった。
パチン、パチン。パチン、パチン。
脳みその回路に、ひとつひとつ、スイッチが入っていくみたい。
ピクンと、右手の人さし指、動いた。
まぶたが、ゆっくりと持ちあがってく。
ピンク色のカーテンが目に入った。
ベッドの横には、クマとウサギのぬいぐるみ。ハート型の目覚まし時計。
腰をねじって、背中を見る。アゲハチョウの羽、ついてない。
「も、もどったっ!」
人間の体って重い。
足を動かして、階段をおりていくだけでも、ずっしりと重力がかかる。
よたよた二階からおりていくと、玄関で会話してるママとヨウちゃんがあたしを見あげた。
ヨウちゃんの琥珀色の瞳から力が抜ける。ホッと小さく息をつく。
「綾っ! 起きたのねっ!! 」
ママがバタバタと階段の下までかけてきた。
「体、だいじょうぶ? あんた、きのうの夕方から、丸一日ずっと寝てたのよ。なにかの大きな病気だったらたいへんだから、今からお医者さんに行くわよっ!」
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