
タオルに、ガバっと頭をつっこんで。
い、いないふりっ!
だけど、大またで近づいてくる足音、とまらない――っ!!
「葉児ぃ~。なんか飲む~? オレンジジュースと牛乳、どっちがいい~?」
「あ~。気にすんな。のどかわいてないから、なんもいらねぇ」
軽く流すような声。
ガチャンと、すぐそばで、鳥かごの入り口の金具をはずす音がした。
キイって、入り口が開く音。
って思ったら、頭をおおってたタオルがなくなって、あたしの体は、太い指につかまれてた。
ぎゃんっ!
視界が真っ暗になって、つっこまれたのは、布の中。
ここ……どこ?
入り口から顔を出したら、ヨウちゃんの黒いウインドブレーカーの左ポケットだった。
ぐっと頭を押さえられて、ポケットの中に、ヨウちゃんの大きな左手が入ってくる。まるで、ポケットに上からふたをされたみたい。
「悪い、誠。鳥かご開けたら、人面蝶逃げた」
「えっ!? ええ~っ!? 」
「あ。窓開けたら、外に逃げた」
「ちょっと、葉児ぃ、なにやってんだよぉ~っ!! 」
「悪い。――あ? オレ、教室に国語の教科書わすれてきたみてぇ。取りにもどるから、また、あしたな」
「待てよ~っ! 葉児ぃ、こんなん、ヒドイじゃんか~っ!! 」
誠のわめき声が、背中で遠ざかっていく。バタンと玄関を閉じる音。団地の階段をおりる足音と、ヨウちゃんの息づかい。
……助けにきてくれたんだ……。
トクン、トクン。定期的にきこえてくるのは、きっと、ヨウちゃんの心臓の音。
あたしはポケットの中で、硬くにぎり込んでいるごつごつの左手の甲に、そっとほっぺたをあててみた。
ピクッと一瞬だけ、こぶしがゆれる。
筋がうきでてる。硬いけど、ひんやりすべすべ。
……ありがとう、ヨウちゃん……。
人間の姿だったら、ぜったい、こんなことできないけど。
ポケットの中だもん、両腕をまわして抱きついても、バレないよね。
「――綾。きのう、人んちから、ヒソップのビン盗んだろ?」
ポケットの外からきこえてきたのは、低~い、ザラザラ声。
ぎゃっ やっぱり、怒ってるっ!
「ご……ごめんなさい……」
もぞもぞとポケットから頭だけ出すと、上のほうに、奈良の大仏並みに大きいヨウちゃんの横顔があった。
くもり空を、冷たい風が吹きすぎる。
ここは、誠の団地から、くねくね道をくだったところにあるふみきり。人はだれも歩いてなくて、まわりには、稲を刈った田んぼが広がっている。
「いろいろ追及してやりたいことはある。けど、後まわしだ。綾、今、ビンはどこにある?」
「あの……うちの……あたしの部屋」
おずおず言うと、ヨウちゃんはふみきりをわたりながら、うなずいた。
「わかった。このまま、おまえんちに行く。オレがおまえの親と話してるから、そのすきに、人間にもどってこい」
「う、うんっ!」
大通りの歩道橋を越えて、住宅街を道一本、中に入って。うすピンクの壁の一戸建て。
ここがあたしの家。
ヨウちゃんちみたいなお庭はなくて、コンクリートでかためられたガレージに、パパの黒いワンボックスと、ママの赤いスポーツカーがとまってる。
ヨウちゃんは、ためらわずに門のドアホンを押した。
「は~い」っていうママの声。
「こんにちは。オレ、綾さんと同じ、花田小六年の中条です。学校から、休んだ綾さんの分の連絡シートをあずかってきました」
「あらあら。わざわざありがとね」
ガチャッと、玄関のドアが開いて、ママが顔をのぞかせた。
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