
部屋の中は、真っ暗。
さっきまでつくえの前で寝ていた誠は、十分前にむにゃむにゃ起きてきて、パチンと電気を消して、自分のふとんにもぐっていった。
ママ、パパ……どうしてるんだろ……?
あたしは、誠が入れてくれたハンドタオルにくるまって、眠れない。
あたしの人間の本体は、妖精のあたしが帰るまで、自分の部屋のベッドで眠っているはず。
ってことは、夕飯も食べないで、ずっと寝っぱなし。
起こそうとしたって起きないよ。
……心配するよね……?
病院に連れて行かれちゃうかな……?
お医者さん、なんて言うんだろ……?
――おまえの友だちがどっかに行こうが、おまえがクラスでひとりぼっちになろうが、オレがずっと、おまえといてやるよ――
数週間前に言われた言葉が、頭にぼんやりよみがえってきた。
「妖精の世界に行きたい」って、ダダをこねたあたしを、ヨウちゃんは「行くな」ってとめた。
「人間の世界には、オレがいるだろ?」って。
なにその、オレサマなセリフ。
あのときのヨウちゃんが、どういう気持ちであんなことをさけんだのか、あたし、いまだにわかんない。
本人、しらっとしていて、なかったみたいになってるし。
だけど、思い出すたびに、胸がしめつけられるように苦しくなる。
あたし……こんなとこで、なにやってんだろ……?
「人間として生きる」って、約束したのに。
お遊び半分で妖精になったりして。
それでつかまって、もどれなくなるなんて、自業自得――。
「行ってきま~す」
朝、誠はランドセルに教科書をつめかえると、ランドセルのふたをガバガバさせたまんまで、学校に行っちゃった。
ガチャって鍵をかけたのは、お母さんはとっくに仕事に行っていて、誠のほうが家を出る時間が遅いから。
誠ってば、宿題をやってないこと、完全にわすれちゃってる……。
また、先生に怒られるんだろな……。
あたしは、起きても、鳥かごの中。ぼんやりひざを抱えて、部屋の壁にはられた、サッカー選手のポスターを見あげてる。
「これ、お昼ごはんね」って、誠はかごの中にアンパンを一個、入れてくれた。
一口サイズのミニパンなんだけど、妖精のあたしには、量が多すぎるかも。
パンの横には、ストローをさしたオレンジジュースまで、そえられてる。
知らなかった。誠って、気が利くんだ……。
ガチャって、また玄関のドアの開く音がしたのは、ベランダから差し込んでくる日が、東から西にかわって、かけ時計の針が、四時半をさしたころだった。
「本当だって~。人面蝶~。アゲハチョウみたいなんだけど、マジで人の体がついてんの。しかもそれがさ~、和泉に似てるんだってぇ」
ベラベラしゃべりながら、誠が玄関に入ってくる。
ぎゃっ! ど、どうしようっ!!
誠ってば、友だち連れてきた~っ!
でも、そういえば。あの誠が、教室で言いふらさないわけなかった。おもしろいことを、人に話すの大好きだもん。
こないだだって、「ノラ猫に眉毛ついてた~」とか。「三本足のカラス見た~」とか、さわいでたし。
たいてい、まわりの男子のほうが信じなくて、きき流されるんだけど。
教室中にうわさが広がっちゃったら、あたし見世物にされちゃうよ~っ!!
「おじゃまします」
おとなの男の人みたいに低い声をきいたとたん、あたしの胸は軽くなった。
……ヨウちゃん……。
片肩にかけているグレーのランドセル。だれもいない家の中に、ぺこりと頭をさげて、スニーカーをそろえて、礼儀正しく玄関をあがってくる。
ヨウちゃ~ん。助けてぇ~っ!!
前髪があがって、琥珀色の目があたしを見る……。
とたん。あたしは、パッと顔をそらした。
こ、怖いっ!
ぜ、ぜ、ぜったいに怒られる~っ!
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