
どうやって、ここから抜け出そう……。
誠に「出して」って、お願いしてみる?
だけど、日本語を話すチョウなんて思われたら、なお、逃がしてもらえなくなりそう。
テレビの取材が来て、どこかの研究機関で生態をしらべられちゃったりして!
う~。それ、怖い~……。
かごの中で頭を抱え込んでいたら、パジャマ姿の誠がお風呂から出てきた。
タオルを肩にかけて、体から湯気がほこほこ。
いいなぁ。誠は。しっかり夕飯食べて。お風呂にも入れて。
……お腹すいたぁ。
もう、ぎゅ~ぐるぐるって、お腹の音がきこえちゃう。
「人面蝶。これ、食べる?」
カチャって、かごの入り口が開いて、イチゴがひとつ、入ってきた。
……え? ウソ! うれしいっ!
「いただきます」って声に出しそうになって、あわてて口を自分の手でおさえる。
しゃ、しゃべっちゃ、ダメっ!
妖精の体だと、イチゴは巨大で、抱きまくら並みのサイズ。かじりついたら、甘い汁が口いっぱいに広がった。
おいしい~。
「やっぱ、このチョウ、和泉(いずみ)に似てるな~」
あたしは、ハッとして、イチゴから顔をあげた。
かご越しに、アップになってる誠の顔。
黒目がちのクリクリ目が寄り目になって、じ~っと、あたしを見つめている。

気づかれたっ!?
もうここで「逃がして」って、言っちゃったほうがいい?
「和泉って、カワイイよな~。『アホっ子、アホっ子』って、みんな言うけどさ~。でも……和泉って、葉児とつきあってんのかな~?」
誠はかごから目をはなして、勉強づくえのイスに、ギって腰かけた。
ええっ!? なにそれっ!
誠、今、あたしのこと「カワイイ」って言ったっ!?
それにあたし、ヨウちゃんとは、教室じゃほとんど話もしてないのに、どうして「つきあってる」なんて思えるのっ !?
あ~、もう! 声、出しちゃいたいっ !!
誠は、つくえの上に、ぼ~っとうつぶせになって、上の空。
「葉児はいいなぁ~。女子に好かれまくりだもん。本命できたら、かんたんに落としちゃえるんだろな~。オレも、あの十分の一でいいから、カッコよければな~……」
……意外。
誠でも、そんなこと考えるんだ……。
「誠。お母さん、あしたも早出だから、先に横になるわね。あんた、宿題終わったの?」
ふすまが開いて、となりの部屋からお母さんが話しかけてくる。
さっきまで、となりの部屋を占領していたこたつづくえは、はじに移動されていて、 畳に、お母さんのふとんが敷いてあった。
「う~ん。宿題は、あとでやる~」
「そう……? おやすみ」
ふすまが閉まると、誠はつくえの上でため息をついた。
「人面蝶~。もうすぐお母さんの誕生日なんだよね~。うちのお母さん、な~んにもオシャレしないから、なんか飾るもんあげたいんだけど。オレって、お金、ないんだよなぁ~」
つぶやきながら、誠のまぶた、だんだん閉じられていく。
つかれてるのかも。
だって、買い物から帰ってきて、夕飯つくるのを手伝ってたし。お皿洗って、お風呂張って。お風呂から出たら、バスタブまで洗ってたし。
「キレイな宝石、どっかの道ばたに落ちてればいいのになぁ~」
目を閉じたと思ったら、誠はすうすうと寝息をたてはじめた。
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