
「本当だって~。人面蝶、人面蝶~っ!」
ふすま越しに、能天気な声がきこえてくる。
「オレ、おつかいの帰りにさ~。下の公園のブランコの柵に、とまってんのを見つけたんだよね~。だから、あまってたスーパーの袋を、こう、パーってかぶせてさ~。つかまえたんだ! 犬とか鳥じゃないんだし、この団地でだって飼えるだろ~?」
半分開いたふすまの向こうで、茶碗をにぎりしめているのは、誠。
大きな口を横に開いて、がしがしとご飯をかっ込んでいる。
……う。サイアク。
あたしはまだ、背中にアゲハチョウの羽をはやしたまんま。
夕暮れの団地の児童公園で、誠につかまっちゃって。
今は、勉強づくえの上に乗せられた、鳥かごの中に、閉じ込められてる。
この鳥かご。観葉植物を飾るためのインテリアだったのかも。ふつうの鳥かごよりも小ぶりの銅製。天井はドーム型で、吊すためのフックがついている。
「飼ってもいいけど。誠がひとりでめんどうみなさいよ」
となりの部屋の、こたつづくえの対面で、誠のお母さんが、シバ漬けをかみしめた。
正座して、髪を後ろにひとつでまとめて。キレイな箸の持ち方。やんちゃな誠の親とは思えないほど、静かな人。
あたし、幼稚園のころはよく、このお母さんにおやつをごちそうになってたっけ。
あのころは、誠とたくさん遊んだ記憶がある。
だけど、年長さんのとき、誠の親が離婚して、お母さんが働きに出ることになって。誠は保育園に移っていった。
小学校に入ってから、またいっしょになったけど、もうほとんど話さないな……。
「ごちそうさ~ん!」
誠は、ガチャっとお茶碗を置いて、こたつづくえから立ちあがった。
「誠。お母さん、ちょっと腰痛いから、お皿洗いやってくれる?」
「おっけぇ~」
ガニマタでバタバタ歩いて、バタンって、ふすまを開け切って。
誠が、あたしのいる六畳間に入ってきた。
「えへへ~。人面蝶さん、飼っていいって~」
鳥かごの向こうから近づいてくる、へら~って横に開いた大きな口。
もうっ! あたしは、誠に飼われる気なんかないってばっ!!
「誠、お風呂はもう張れてる?」
誠のお母さんが、となりの部屋から呼びかけた。
腰が痛いみたいで、腰に手を置きながら、台ふきで、こたつのつくえをふいている。
「えっとぉ。七時半にタイマーつけたから、あと五分~」
誠は「なはは」って笑ってる。
誠の部屋のふすまは開いていて、小さな台所も、台所の横にくっついてる玄関のドアも、その横の洗面所まで、家の中、ぜんぶ丸見え状態。
ガチャガチャとお皿を洗いながら、誠はナントカレンジャーの歌をうたってゴキゲン。
「お母さ~ん。お風呂張れたら、先に入ってよ~。少しぬるめにしたから、ゆっくりつかれば、腰が痛いのラクになるかも~」
お皿立てのかごに、湯のみをたてて、誠が言った。
次のページに進む
前のページへ戻る

にほんブログ村

児童文学ランキング
スポンサーサイト