
あたしと同じくらい歳の妖精が、ふわっと目の前におりてきた。
バレリーナみたいに白いドレス。金髪はくるりと後ろにまとめて、綿毛の髪飾りでとめていて。
この子が、「チチ」。
「チチチチ」って、スプーンとフォークを打ちつけたみたいな声で、よくおしゃべりしてくれるから、「チチ」。
チチの後ろから、白いレースのロングドレスで身をまとった、中学生くらいの少女も出てきた。
ふわふわパーマの長い金髪。小花のかんむりをつけて。つんと、おとなびた顔つき。
お姫さまみたいにキレイだから、「ヒメ」。
ふたりの名前は、あたしがつけたんだ。
「チチチチ」って言うだけの、妖精語なんて、わかんない。
だから、ふたりには、ちゃんとした名前があるのかもしれないし、ないのかもしれない。
浅山には、ほかにも、十数人の妖精たちがすんでいる。
だけど、妖精たちははずかしがりやさんで、気を許した人の前にしか、姿をあらわさない。
浅山に妖精がすんでいることを知っているのは、あたしとヨウちゃんと、ヨウちゃんのお母さんだけだと思う。
ちなみに、こんな日本の片田舎に、妖精がいるわけは。
妖精学者だったヨウちゃんのお父さんが、イギリスから、妖精のタマゴを持ち込んだからなんだって。
そのタマゴが孵化して、今のチチや、ヒメになった。
「きいてよ、チチ。ヒメ。人間の世界ってさ、なんかこう、すご~くめんどくさいの。『塾』とか、『勉強』とか。やらなきゃならないことが、いっぱい決まっててね。子どもは、みんな、おとなしく、先生や親の言うことにしたがっていくだけ。あたし最近、おとなになることは、工場の部品にされてくことのような気がするよ」
ヒースの葉っぱに座り込んだ、あたしのまわりで。
チチとヒメは、くるりくるりと宙返り。
「チチチチチ」
「キンキンキン」
うす闇の空に、軽やかにひびく妖精たちの声。
なんだか、すっごいお気楽。
「チチチ」
チチが白い手をのばして、あたしの右手をとった。
って思ったら、左手を、ヒメににぎられる。
ふたりに両手をとられて。ふわっと空にとびあがって。
あたしもいっしょに、宙返り。
「うわっ これって、バク宙~っ!? 」
だってこれ、体育の時間にヨウちゃんがやってたヤツっ!
あたしなんて、人間の世界じゃ、マット運動で前転が、せいいっぱいなのに。
羽があれば、体は軽やか。
今度は、三人いっしょに続けて三回、宙返り。
「す、すご~いっ! あたし、ヨウちゃんよりむずかしい技、できちゃった~っ!! 」
キャッキャッ笑って、空にはねたら、妖精たちも、つりあがり型の寄り目を、きゅっと細めて、笑ってた。
あ……自由。
「こうしなきゃいけない」とか「ああしなきゃいけない」とか、型にはめられることが、ぜんぜんない。
あたしはやっぱり、人間よりも妖精のほうが向いてるのかな……?
「チチチチ」
チチが、つ~っとあたしの手を引いた。
まるで宙のプールをただようように。けのびして、チチに連れられていく。
「チチチン」
ヒメが羽をはばたかせて、あたしたちの前にまわりこんだ。先に砲弾倉庫の中に入ってく。
ヒメはからっぽの部屋の一番奥まで来ると、鉄の扉の取っ手をつかんだ。
「……え?」
今まで、気づかなかった。
この倉庫の正面奥の壁に、茶色く錆びた観音開きの扉がついている。取っ手は鉄製で、牛の鼻輪みたい。
ヒメは全身の力をつかって、扉を引っぱるんだけど、妖精の体は小さすぎて、あんまり扉が開いてない。
「中になにかあるの?」
数センチだけ開いた扉の前で、ヒメは三日月型の口でほほえんだ。
「チチチチチ」
チチに肩を押されて、扉の中をのぞいてみる。
金庫みたいに小さな部屋。
うす闇の中になにか置いてあった。
そのなにかを、黒いモヤが取り巻いている。
ぞくっと寒気がした。
モヤの中から、視線を感じる。
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