《1》 あたしの背中の羽のこと4 - ナイショの妖精さん2
fc2ブログ

《1》 あたしの背中の羽のこと4

  24, 2018 21:10
2018121801



「でもさ~。ヨウちゃんだって、塾、行ってないじゃん~」

「オレは今んところ、勉強は間に合ってるからな」


 うわ~っ!?  なに、この人。すっごい、エラそうっ!!


 ヨウちゃんが読んでいるのは、英語で書かれたお父さんの本を、ヨウちゃんのお母さんが、日本語に翻訳したノート。

 ヨウちゃんのお父さんは、文化人類学者だった。専門は「妖精」。

 しかも、妖精をじっさいに見ることができる、学者さん。

 見られるだけじゃない。

 妖精の傷を治す、妖精から負った人間の傷まで治す、不思議な方法を知っていた。


 妖精に関わるお医者さんだから、「フェアリー・ドクター妖精のお医者さん」。


 お父さんが亡くなってから、八年たって。

 今度は、あたしとヨウちゃんが、フェアリー・ドクターになったんだ。


 なんて、ファンタジー。

 現実とは思えないくらい、ファンタジー。

 だけどこれが、あたしたちにとっての、現実。


「てか、週にニ回の塾くらい、ふつうだろ?」

「え~? だけど、塾になんて通ってたら、そのぶん、ここに来る日が減っちゃうよ~」

「ってったって、おまえ、ここに来て、特になにかしてるわけでもないんだし。 ほぼ毎日来てんだから、それが一日とびになったって、別にど~ってことないじゃねぇか」


 う~……。


 それはそうなんだけど。

 ヨウちゃん、なんか冷たくない?


「ちゃんと塾に通って、少しは賢くなって来い。そのままの頭で中学あがったら、しょっぱなから、つまずくぞ」


 あ……やわらかい声。


 けど、なによ! 大きなお世話っ!!

「ヨウちゃんまで、ママみたいなこと言わないでよっ! って言うか、どうしていつも、そんなに上からなのっ!?  あたしのこと、見くだしちゃってさっ! 」

「見くだしてねぇだろ。オレは、一般論を言ってるだけだ。まわりを見てみろ。倉橋くらはしなんか、頭いいのに、週五で通ってて、遊ぶ時間がないって言ってたぞ」


 なによう~……。


 倉橋っていうのは、リンちゃんの苗字。ヨウちゃんに告白して、フラれてもまだ、「めげずに、二回目告白するんだ~」って、がんばってる。


「リンちゃんなんかと、比べないでよ~」


 泣きたくなってきた。

 だって、リンちゃんカワイイんだもん。

 ふわふわと長いツインテール。猫目で、くりっとヨウちゃんを見あげて。ヨウちゃんのシャツのすそだって、自然につかめちゃう。


「そんなにリンちゃんがいいなら、リンちゃんに、ここのこと教えればいいじゃん~。妖精のことも教えちゃって、いっしょにフェアリー・ドクターやればいいじゃん~。ついでに、ビビリでヘタレなヨウちゃんまでバレちゃって、ドン引きされて、嫌われればいいんだ~っ!! 」


「……なんだよ、それ?」


 ヨウちゃんの片眉があがる。と、思ったら、あたしを見てニヤリ。


「綾、もしかしてヤキモチ?」


 うわ、カァ~っ !


 ほっぺた熱くて、湯気出そう。


「そんなわけないでしょっ!!  ヨウちゃんのバカっ!」


 あたしはバンッと、ひざの上の画集を閉じた。


「あたしやっぱり、人間やめて、妖精にもどるっ!! 」

「はぁ~っ!?  おまえ、アホなことばっか言うなっ! 綾っ!! 」


 ヨウちゃんの声なんか、もうきかない。

 ゆりイスから立ちあがって、英文書まみれの本だなに画集をもどす。

 たなには、本がぎっちり。たった一冊の画集もなかなか入っていかない。


 なによっ! もうっ!


 お父さんの書斎は、あたしにとって大事な場所。

 毎日でもいたい場所。


 だけど、ヨウちゃんにとって、あたしは、いなくてもいい人間なんだっ!!


 ぐいっと画集をねじこんだら、たながゆれて、上からガラスビンがふってきた。


 あ、あぶなっ!


 手のひらで受けとめる。

 密封ビンの容器の中で、虹色の液体がゆれていた。

 ラベルの文字は「ヒソップの煎じ薬」。



次のページに進む

前のページへ戻る



にほんブログ村


児童文学ランキング

スポンサーサイト



Comment 0

What's new?