
「でもさ~。ヨウちゃんだって、塾、行ってないじゃん~」
「オレは今んところ、勉強は間に合ってるからな」
うわ~っ!? なに、この人。すっごい、エラそうっ!!
ヨウちゃんが読んでいるのは、英語で書かれたお父さんの本を、ヨウちゃんのお母さんが、日本語に翻訳したノート。
ヨウちゃんのお父さんは、文化人類学者だった。専門は「妖精」。
しかも、妖精をじっさいに見ることができる、学者さん。
見られるだけじゃない。
妖精の傷を治す、妖精から負った人間の傷まで治す、不思議な方法を知っていた。
妖精に関わるお医者さんだから、「フェアリー・ドクター妖精のお医者さん」。
お父さんが亡くなってから、八年たって。
今度は、あたしとヨウちゃんが、フェアリー・ドクターになったんだ。
なんて、ファンタジー。
現実とは思えないくらい、ファンタジー。
だけどこれが、あたしたちにとっての、現実。
「てか、週にニ回の塾くらい、ふつうだろ?」
「え~? だけど、塾になんて通ってたら、そのぶん、ここに来る日が減っちゃうよ~」
「ってったって、おまえ、ここに来て、特になにかしてるわけでもないんだし。 ほぼ毎日来てんだから、それが一日とびになったって、別にど~ってことないじゃねぇか」
う~……。
それはそうなんだけど。
ヨウちゃん、なんか冷たくない?
「ちゃんと塾に通って、少しは賢くなって来い。そのままの頭で中学あがったら、しょっぱなから、つまずくぞ」
あ……やわらかい声。
けど、なによ! 大きなお世話っ!!
「ヨウちゃんまで、ママみたいなこと言わないでよっ! って言うか、どうしていつも、そんなに上からなのっ!? あたしのこと、見くだしちゃってさっ! 」
「見くだしてねぇだろ。オレは、一般論を言ってるだけだ。まわりを見てみろ。倉橋くらはしなんか、頭いいのに、週五で通ってて、遊ぶ時間がないって言ってたぞ」
なによう~……。
倉橋っていうのは、リンちゃんの苗字。ヨウちゃんに告白して、フラれてもまだ、「めげずに、二回目告白するんだ~」って、がんばってる。
「リンちゃんなんかと、比べないでよ~」
泣きたくなってきた。
だって、リンちゃんカワイイんだもん。
ふわふわと長いツインテール。猫目で、くりっとヨウちゃんを見あげて。ヨウちゃんのシャツのすそだって、自然につかめちゃう。
「そんなにリンちゃんがいいなら、リンちゃんに、ここのこと教えればいいじゃん~。妖精のことも教えちゃって、いっしょにフェアリー・ドクターやればいいじゃん~。ついでに、ビビリでヘタレなヨウちゃんまでバレちゃって、ドン引きされて、嫌われればいいんだ~っ!! 」
「……なんだよ、それ?」
ヨウちゃんの片眉があがる。と、思ったら、あたしを見てニヤリ。
「綾、もしかしてヤキモチ?」
うわ、カァ~っ !
ほっぺた熱くて、湯気出そう。
「そんなわけないでしょっ!! ヨウちゃんのバカっ!」
あたしはバンッと、ひざの上の画集を閉じた。
「あたしやっぱり、人間やめて、妖精にもどるっ!! 」
「はぁ~っ!? おまえ、アホなことばっか言うなっ! 綾っ!! 」
ヨウちゃんの声なんか、もうきかない。
ゆりイスから立ちあがって、英文書まみれの本だなに画集をもどす。
たなには、本がぎっちり。たった一冊の画集もなかなか入っていかない。
なによっ! もうっ!
お父さんの書斎は、あたしにとって大事な場所。
毎日でもいたい場所。
だけど、ヨウちゃんにとって、あたしは、いなくてもいい人間なんだっ!!
ぐいっと画集をねじこんだら、たながゆれて、上からガラスビンがふってきた。
あ、あぶなっ!
手のひらで受けとめる。
密封ビンの容器の中で、虹色の液体がゆれていた。
ラベルの文字は「ヒソップの煎じ薬」。
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